闇色の毛並みの親心(3)




「魔物つってもいろんなのがいるんだな。こいつなんか人間みてぇ」
「ルシード、そいつは魔物ではないぞ」
「あ? 違うのか?」
「ああ、そいつは魔族だ」
「魔族?」
「そうだ。俺もそれほど詳しいわけではないが、定説では魔族とは魔物と似て非なるモノ、そのくらいの定義しかないようだな。人の前に姿を見せることはほとんどなく、人の感情から生まれたとか、人間の精気を吸い取って生きるとか、人をだまして喜ぶとか、とにかく諸説諸々あるな」
「……詳しくないって、そんだけ知ってれば十分だろうが。それにしても、キツネかタヌキみたいなやつだな。魔族ってのは」
「……そうだな」

  いつだったか。まだゼファーが保安学校に通っていたころで、長期休暇の折、実家に帰ってきていたときに交わした会話。

(たしか、『世界摩訶不思議大図鑑』とかいう奇怪な名前の本を見ながらだったか)

 その話題の魔族(自称)が、今、目の前にいる。
 人の姿をした自称魔族はもの憂い気に眼を伏せる。

「この子、ウォーレスは病気なんです。この病気はある薬草でしか治せないらしくて……。しかもその薬草、限られた地域でしか生息できない、とても珍しい薬草だそうで。それがこの街にあると聞いて遠路はるばるやってきたのはいいんですが、ちょっと問題が生じまして……」
「問題?」

 レーネと名乗った女が本当に魔族かどうかはこの際置いておくとして、彼女の息子(かどうかはわからないが)が病気というのは本当らしい。黒い子犬はレーネの腕の中で荒い息をついている。

「その薬草、グロウリーホウルの花と呼ばれているんですが、それが生えているミエーレ山は天然の結界が張っていて、私たち魔族には山の中に入れないんです」
「天然の結界? そんなモンがミエーレ山にあるなんて話、始めて聞いたな」
「そうだと思います。結界の原因になっている輝光石が宿す魔力は、人間には何の影響もありませんから」
「輝光石……、あぁ、その石なら知ってるぜ。ウチの事務所にもいくつかおいてあったな」

 通常、魔法触媒として使用する輝光石は、多量の魔力を含む珍しい鉱石である。山奥の狭い範囲にしか分布しておらず、強い衝撃を与えるとその身に宿した魔力が激しい光として放出され、輝光石自身はただの石になってしまう。そのため大規模な採集作業には向かないが、そもそも限られた者たちにしか需要が無いため大きな問題にはなっていない。
 輝光石は互いに作用し合い強力な磁場を造るという話は聞いたことがあるが、結界を造るというのは初耳だった。

「あ、やっぱりそうだったんですね」
「やっぱり、ってのは?」
「いえ、この街に着いた時点で薬草を取りに行くにはどなたかの助けが必要だというのは分かっていたんです。でも道行く人に今からミエーレ山に登って薬草を採ってきてくれ、だなんて突然頼んでも断られるのは眼に見えてるじゃないですか。まぁ、中には引き受けてくださる酔狂な方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな極稀にしかいないような人を捜すよりも、街で噂を耳にした皆さんの所へ行ってみようと思いまして。聞けば皆さん、魔物やら幽霊やら摩訶不思議な厄介ごとなら何でも引き受けてくれるそうじゃないですか」

 それは違う、と声を大にして言いたかったが冷静になって考えてみると今の表現はあながち間違っているわけではない。むしろ実に簡潔にブルーフェザーの活動内容を表している。表している、がそれでもこう、何でも屋みたいな言われ方はあまり好ましくない。しかしそんなことに一々突っ込んでいてはきりがないので、心の中だけに留めておくことにし、ルシードは黙って先を促した。

「もともと人間からしてみれば魔族も魔物も大差ないみたいですし、ブルーフェザーの皆さんだったら薬草を探してきてくださるんじゃないかと思ったんです。それで事務所まで会いに来てみたはいいんですが、何故か結界に阻まれて中に入れないじゃないですか。まさか山に入る前から結界に行く手を阻まれるとは予定外もいいとこですよ。ふふ……。……でも、ことは一刻を争う緊急事態でしたので、皆さんには悪いとは思ったんですが、おびき出させてもらいました」

 あはっ、と可愛らしく首を傾げてみせる。

「…………」

 しかしその笑顔がどんなに可愛らしくとも、脱力しきったブルーフェザー三人を奮い立たせるどころか、逆にその脱力加減に拍車をかけているというのはレーネの知るところではない。
 つまりブルーフェザーと接触をするためだけに保安局に嘘の通報をし、こんなわけのわからない大掛かりな結界を張って待っていたというのだろうか(レーネが張ったと決まったわけではないが)。
 それならもっと分かりやすいところで待っていろとか、よりにもよって自分の子供の容姿を嘘の魔物をでっち上げる基盤にしたのかとか、言いたいことは山ほどある。そもそも事務所の前まで来たのなら、それこそ道行く人にここにブルーフェザーをつつれてきてくれ、とでも頼べばそのくらいのこと引き受けてくれるやつはごまんといただろう。しかも保安局の本部に連絡を入れるぐらいなら、なぜその時点でブルーフェザーの連中と会いたいとでも言えばいいということに頭が回らないのか。魔族と人間とでは常識に違いがあるのかもしれないが、それでも根本的に、魔族だとか人間だとか以前に、この自体に女に常識というものが通じないように思う。

「で、手伝ってくださいませんか? グロウリーホウル探し」

 胡散臭げにレーネを見返すと、困ったような不安なような微笑みを浮かべていた。子を想う親の心に種族は関係ないということか。

「……手伝うのは、いいんだけどよ」

 
しばし思案したのち、前髪を掻きあげながらルシードはそう切り出した。

「この変な空間、あんたが造ってんのか? だったら、今すぐどうにかしてくんねぇかな。俺たちの仲間が一人魔力に当てられて体調崩してんだ」
「魔力に……ですか?」

 
レーネは今までの少女然とした表情を一変させ、眼を細めた真剣な顔つきになる。顎に細い手を当て、慎重に言葉を紡いでいく。

「……ええ、確かにこの空間を造ったのは私です。ですが今この空間を解いてしまうと、今度は私の子供が、ウォーレスが人間の気に当てられてしまいます。私たち魔族にとって人間の気はあまりいいものではないんです。特にウォーレスは今弱っていますし。こうしてあなたたちが側にいるだけでも……。……でも、そうですね、その方をそのままにしておくわけにもいきませんし……。あの、とりあえず私をその人のところまで連れて行ってくれませんか? 私の考えが正しければ、その方、私の魔力に当てられたわけではないと思うんです」

 言われるまま、レーネをつれてフローネとルーティの元へ戻ってくる。

「ルシード!」

 戻ってきたルシード達の姿を見、ルーティが声を上げる。フローネの体調を気遣ってか二人は近場の段差に腰を下ろしていた。

「顔色、まだ良くねぇな」

 フローネの前にしゃがみ顔を見る。時間がたったので少しはましになっているかと思ったが、特に良くなったとは言いがたい。むしろ顔色だけを見れば先ほどよりも悪くなったようにさえ思う。

「センパイ……。あの、私、本当に大丈夫で」
「ああ、やっぱり。これなら大丈夫ですよ」

 そのとき、レーネがフローネの言葉を遮さえぎり、さらにはルシードを追いやってフローネの前にずずいっと顔をだした。

「ルシード、この人だれ?」
「自称魔族だとよ」

 不思議そうに見上げてくるルーティにそう返すと、すかさずレーネが鋭い視線を向けてくる。

「自称、ではなく、本当に魔族なんです」
「へーへー」

 こともなげにあしらうルシードに対し、レーネはきつく眉根を寄せる。これで頬まで膨らましてるのだから、まるっきり年端もいかぬ子供だ。

「まったく、保安局の方だと言うからもっと礼儀正しい人だと思っていましたけど、とんだ見当違いだったようですね」
「あーっ、たく! わかった、わかった。謝るから、とにかくそいつを診てやってくれ。あんたなら治せるんだろ」
「謝ると言いつつもその実、どこにも謝罪の言葉は含まれていないという、古来より使い古されているにも関わらず最も効率のいい責任回避の方法ですね」
「あ、あのな……」
「ともあれ、こちらのお嬢さんには全く関係のないことですから。ちゃんとどうにかしましょう」

 そう言ってすっかり呆気にとられていたフローネに向き直るると、懐からピンポン玉サイズの水晶を取り出す。群青よりももう少し黒に近い色合いで、中に別の石でも閉じ込められているのか、無数に光が散らばっている。日の光を受けて夜空の星々のような輝きを見せていた。
 その水晶をフローネの手に握りこませ、さらに自分の手で包み込む。

「あ、あの」

 困惑の眼差しで見つめるフローネにレーネは微笑みかける。

「どうです? この水晶を握っていると、落ち着きませんか?」
「え、……はい、なんだか、安心します」
「よかった。あなたの魔力は洗練されていてとてもきれいですね。でも純粋なだけに、周りのものに影響されやすいのですよ、きっと。それなのにこんなところに閉じ込めてしまって、ごめんなさいね。魔族には平気でも、人間には悪影響を及ぼす場合もありますものね」
「どういうことですか?」
「簡単に言うと、急激な環境の変化に対応できなくなってしまったんです。ここは無の世界ですから、常に何かと影響しあう人間の魔力とは相性が悪いんです。でもすみません、この結界をとくわけには行かないんです。といてしまったら私の息子が……」
「息子さん……ですか?」
「ええ、この子です」

 困惑顔のフローネに対し、ニコニコと機嫌よく微笑みながら腕の中のものを差し出す。

「……ワンちゃん、ですか?」

 言われてから初めてレーネの腕の中のものに気がついたらしく、きょとんとして眺めている。

「いいえ〜、この子は私の息子です」
「はい……?」

 これはだめだ。さきほどとまるきり同じ会話の流れに頭を抱えたくなった。こんなこと何度話したって仕方がないというのに。

「あー、それについては後で俺がフローネに話しておく。それよりあんた、薬草探してきてほしかったんじゃないのか?」
「薬草?」

 今度はフローネとルーティが同時に声を上げる。
 そういえば薬草探しのことはこの二人には話していなかったかとガシガシと頭をかく。

「あ゛〜それも後で話すから、今はちょっとだまってろ」
「え〜」

 ルーティは不満そうだがいちいち詳しく聞かせていたら、話が先に進まない。レーネにグロウリーホウルの場所を聞いて、それを探す道すがら話してやったほうがよほど効率的だ。

「で、その薬草どこにあるんだ?」
「行ってくださるんですね。それじゃぁ、まずこれを渡しておきます」

 レーネが懐から取り出した紙を受け取る。もらったそれを確認しようとすると、他のメンバーがわらわらと寄ってきてたちまち手元が暗くなる。しかもルーティなどは身長が足りないものだから、もっとしっかり見せろとばかりに袖を引っ張るためなおのこと見づらくなる。
 それでも切れ端のような紙に、ミエーレ山の簡単な地図が記されていることは十分にわかる。ある一点が赤い丸で囲まれているが、この場所に目的の薬草があるのだろう。

「それは薬草が生えている洞窟までの地図です。洞窟の中は一本道なので、地図はいらないはずです。あと、裏を見てもらえますか?」

 レーネの手のひらを返す仕草にしたがって手に持った地図を裏返す。

「……これがグロウリーホウルか?」

 紙の半分ほどにスズランに似た花の絵が描かれている。

「はい、それを一本だけでいいんです。ここに持ってきてください。私たちはこの中から出られなくて、申し訳ないんですけど……」
「薬草取りに行くだけで騒ぎが収まるなら楽なもんだ。いつもはもっとすげぇからな」
「ふふ……そうなんですか? それならよかったです。……ここをまっすぐ行ってください。結界から抜けることができます」

 細い腕をすっと伸ばし、街へと続く道を指し示す。
 それにしたがって歩き出そうとすると、フローネに呼び止められる。

「あ、センパイ、ちょっと待ってください」
「どうした?」
「レーネさんに、これ返さないと」

 そう言ってフローネがレーネの前にでる。

「あの、これ、ありがとうございました」

 レーネはしばらく差し出された水晶球を見つめていたが、その玉を渡したときのようにフローネの手に握りこませ、ゆっくりと微笑む。

「これはあなたに差し上げます。グロウリーホウルを採るとき必要になると思います」
「これがないと薬草が採れないってことですか?」
「可能性の話です。まぁ、行ってみればわかりますよ」






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