ヴァリラの槍




 通常、人間という生き物は目や耳から入った情報を脳に伝え、脳がその情報を処理することで初めてその物事を認識することができる。認識までにかかる時間はほんの一瞬、刹那の間である。
 しかし、目の前で起きた事実があまりにも信じがたいことであった場合、脳はその情報の処理に多大な時間を要することになる。
 永遠とも思える程の長い時間をかけて、プラティはやっと己の目にしたものを認識する。だがそれを信じることはできず、口にするのは戸惑いの言葉だった。

「……えーと、ヴァリラさん……?」
「…………」

 足もとに膝をつき、手をつきうなだれる少年は何の反応も示さない。
 側で見ていたプラティにとっても非常に衝撃的な出来事だったのだ。事の張本人である彼は、その何倍もの衝撃を受けただろう。
 プラティが『認識』するよりもさらに長い時間をかけて『認識』を終えたらしい彼は、ゆっくりと立ち上がり膝を払う。

「……期らしい」
「ほへ?」

 未だ衝撃の余韻から抜け出せていなかったのか、ヴァリラの台詞に反応が遅れた。
 苦虫を噛み潰した様な、これ以上無いほど不愉快そうな険しい表情で、さっきよりもはっきりとした発音でヴァリラは同じ言葉を繰り返す。

「成長期らしい」
「成長期……」

 噛みしめる様に繰り返し呟いて、数回こくこくと頷く。その単語で合点がいった。

「そっかぁ、だから飛び降りたらそのまま潰れちゃったんだね。膝痛かったの?」
「潰れ……。あのな、もう少し表現の仕方を考えろ。カエルじゃあるまいし」
「あはは、ごめん……」

 夜の港は風が吹き抜けるだけで、プラティとヴァリラ以外の気配はない。
 久しぶりの手合わせの後、火照った身体を冷まそうと適当な積荷の木箱の上に座り、二人夜風に吹かれていた。半刻ほど他愛もない話をして過ごした頃だろうか、いい加減夜も更けたから帰ろうと、どちらからともなく言い出して、木箱から飛び降りた時にそれは起こった。
 プラティの背丈ほどもない高さの場所から飛び降りたにも関わらず、あのヴァリラが無様に地面に崩れ落ちたのだ。それはプラティだけでなく、ワイスタァンに住む者なら誰しもが目を疑う信じがたい光景だった。
 しかし成長期という言葉で、事態を理解できた。丁度ヴァリラくらいの年齢は身体の成長が著しい。そのあまりにも急激な変化に耐えられず、時たま関節に痛みが走ることがある。
 改めて思い返してみれば、手合わせの最中も彼の動きには首を傾げたくなる場面が多々あった。特にどこがというわけではないが、全体的な動きに対する違和感がずっと存在していた。

「身体辛いなら辛いって言ってくれたら、無理矢理つき合わせたりしなかったのに」
「別にお前に付き合ったわけじゃない。オレがそうしたと思ったから、しただけだ」

 言い方はつっけんどんで愛想の欠片もないが、彼なりの気遣いが伝わってきて自然と笑みが浮かんだ。

「そっかそっか、成長期かぁ。いつも見てると分からないってホントなんだね。最近は毎日会ってたし。……あ、そうだ」

 ぽんっと手を打ち鳴らして、木箱に駆け寄る。そこに置きっぱなしになっていたヴァリラの槍を掴んで戻る。

「はいヴァリラ、これ持って」

 意図を量りかねて素直に手を差し出すのを戸惑うヴァリラが、プラティが持っているのは彼の槍だ。いつまでも持たせておくわけにもいかず、仕方なく受け取る。

「はい、ピシって立って。背筋伸ばして、顎引いて」

 とたん、ヴァリラの背を軽く叩いて姿勢を正すように促す。
 自身を帝王などと称し、滅多なことでは人には従わない彼も、プラティのまるで母親の様な不思議な迫力に押され、文句を言いながらも直立姿勢を作る。

「本当だぁ。結構伸びてるね」
「……これでわかるのか?」

 ヴァリラが目を細めて胡散臭そうな表情を向ける。槍を持って突っ立っているだけなのだ、無理もないだろう。

「あのね、前にヴァリラがこんな風に槍を持って立ってる時に、この飾りの部分とヴァリラの背が丁度同じ高さだったの。それが何となく印象に残ってて」

 なるほどな、と軽く頷くヴァリラを見てプラティは盛大なため息をついた。

「突然何だ」

 不愉快というよりは困惑の色の強い眼差しを向けられる。

「うらやましいなぁ、と思って」
「成長期がか?」
「というより、身長が」
「うらやましがる程あるとは思わないがな」

 確かにヴァリラの身長は15、6の少年にすれば至って平均的で、特徴的なものではない。しかし、同じ年頃の少女と比べて随分小柄なプラティとしては、その平均的サイズでも十分に羨望の対象となる。それに、頭一個分も高い彼と話をしていると自然と見上げる形になり、非常に首が疲れるのだ。

「それでもうらやましいの。……あーあ、せめてサナレぐらいは欲しいなぁ」

 親友の赤毛の少女を思い浮かべながら、頭上で手をヒラヒラと振る。

「そのうち伸びるだろ」
「む、人事だと思って」
「実際、人事だ」

 本当にどうでもよさそうな、しらけた様子に怒りがこみ上げてくる。彼女に対してこうも無関心とはどういう了見か。怒りをそのまま言葉にしようとして、はたと妙案を思いつく。何のかんのとバカにしてくる彼にとってはいい仕返しになるかもしれない。いつも澄ました顔で、ちょっとくらい動揺すればいい。

「背が低いといろいろ不便だよ。高いところの物取れないし、それに……」

 そこで言葉を切るとヴァリラが不審そうな顔をする。その表情は無視して、胸倉を掴んで思いきり引っ張る。さすがにこの行動は予測していなかったのか、無防備に倒れこんでくる。普段は自信に溢れ、どこか人を馬鹿にしたような表情を浮かべる顔も、今は驚きに目を見開いている。けれど彼にしては珍しい表情をじっくり見ること無く、目は閉じてしまった。
 前のめりになって近づいた彼の顔に、さらに背伸びして自分から近寄って、そのまま頬に唇を押しあてた。
 触れたのはほんの一瞬だったが、それでも十分に効果はあったようで、ヴァリラは口元を手で覆い、耳まで真っ赤になってうずくまってしまった。
 一方、非常にまれな現象を目にすることができたプラティは、自分も頬を染めながらも満足気にほほ笑んだのだった。










†あとがき†

 あたし、馬鹿だよね?(真顔)
 
 いや、ね、最後のオチを書くのがすっごく恥ずかしかったんで・す・よ(*´∀`*)
 一人PCの前で照れてる私は、はたから見ればさぞ頭のおかしな人だろうなと思いまして。

 お題としてはヴァリラの槍は物差しですよって話なんですが、私の書くヴァリラはどうしてこうもヘタレかね。
 もっと男前な彼が書けるようになりたいです。

 背景の雪だるまは、ヴァリラが槍もって突っ立てる時のイメージ画像です。(´Д` )エー


 ※この小説は以前お題小説として書いたものです。




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