07. 届け物




 公園の噴水の縁に腰掛けて星空を見上げる。周囲の街灯が淡い光を放っているが、その程度の明るさで星々輝きを邪魔できようはずも無く、雲ひとつ無い夜空に星たちが誇らしげに輝いている。
こうして夜の公園で一人星を見上げるようになったのはいつの頃からだろうか。それ程昔ではなかったはずだが、思い出せずにいる。それだけ彼の日常に深く溶け込んだ行いになっているということなのだろうか。 もっとも、ここ一年くらいの間は自分の他に、決まってやってくる人物がいるので、一人でいる時間はほとんど無いのだが。

「ヴァリラ〜」
「噂をすれば何とやら、か」

 今しがた思い浮かべていた人物が、狙い澄ましたかのように現れ苦笑する。
「なぁに?」

隣に腰を下ろしながら、プラティが首を傾ける。頭の揺れに合わせて銀色の髪が流れた。

「いや。こうも毎日毎日、よく飽きないものだと思っただけだ
 それはプラティに対する言葉ではあったけれども、ヴァリラ自身に対する言葉でもあった。初めて夜の公園で出くわしたときも不思議と不快感はなかった。独りになりたくてわざわざこんな時間に、こんなところに来ていたというのに。そのとき人が側にいてもなんら不愉快だとは思わなかった。 その次からも、行けばまたいるかもしれないと考えはしたがこの日課をやめる気にはならなかった。
 案の定、彼女はその日も公園に現れた。その次の日も、そのまた次の日も。最初のうちこそは、お世辞にもお互い良い印象の出会いをしたとは言いがたい相手がいる場所に何故毎日毎日やってくるのか不思議に思っていたが、そんなことも気にしなくなって早一年。

「飽きないよ。ヴァリラと話すの楽しいもん」

 そう臆面も無く告げられた言葉にわずかに顔が熱を帯びる。夜ということもあ、おそらく大丈夫だろうが、念のためプラティから顔をそらす。だが、その行動が逆にプラティに不信感を抱かせてしまったらしい。一瞬不思議そうな顔を見せたプラティだったが、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべて覗き込んでくる。

「もしかして、照れてる?」

 そのからかう様な――というか、実際からかっているのだろうが――仕草にむっとして、近づいてきた額をぺちんと軽く平手打ちする。

「あいた!」

 やられた方はびっくりして、額を両手で押さえてもとの位置に引っ込む。まるでモグラ叩きでもしている気分だ。

「何で叩くの〜」
「貴様がいらんこと言うからだ」
「えー、楽しいってホントのこと言っただけなのに。ヴァリラはわたしとおしゃべりするのイヤなんだ……」
「そっちのことじゃない……」

 はぁ、と大きくため息をつく。それは別にいいのだ。むしろ嬉しかったくらいなのだし。

「あはは、うそうそ。からかってごめんね。これあげるからさ」
「何だこれは」

 目の前に差し出された物を受け取る。布製で、巾着袋をもっと小さくしたようなものだった。
 答えを求める視線を送ると、プラティは恥ずかしそうに視線をずらして頬をかく。

「えと、もうすぐ大会あるでしょ? その時に、勝てるように、ひどい怪我しないように、って思って。お守りなのそれ」
「……これ、お前が作ったのか?」

 月明かりに掲げるようにして観察してみると、少しよれているし所々糸がはみ出していてお世辞にもいい出来とは言いがたく、作りましたという感じがありありと表れている。だが、お守りと言われれば納得できるぐらいの形にはなっている。

「一応ね。でもお裁縫なんて普段全然しないから、上手く出来なくてさ、ごめんね。けど、みんなにあげる物だから自分で作りたくって」
「みんな……?」

 嫌な予感がして聞き返す。

「そうだよ。ヴァリラの他にサナレとラジィにもあげたの」
「………」
「どうかした?」
「いや、何でもない」
「ホントに?」

 彼女はこういう人間だ。とにかく『みんな』なのだ。再三自分自身に言い聞かせてはいたが、ふとした拍子にこういうことをされるとついつい期待してしまう。期待するだけ無駄とまでは思わないが、過度に期待するべきでもない。
 とは言え、これは自分一人が勝手に期待して勝手に傷ついているだけなのだ。彼女は悪くない。……多少恨みがましい気持ちはあれど。

「本当にどうもしない」
「そぉ? ならいいけど……。とにかく大会がんばってね」
「ああ、お前に言われるまでもない」
「うん! ヴァリラなら絶対優勝できるよ! ……て、サナレもラジィも応援しなきゃいけないのに、こんなこと言っちゃだめだよね」
「駄目ではないだろう。オレ自身はそう言われても一向に構わない」
「そりゃ、ヴァリラはそうだろうけど……。やっぱりみんなに勝って欲しいもん」
「そうは言っても、大会で優勝できるのは一人だけだぞ」
「それはそうなんだけど〜」

 それきりプラティはうんうん唸りながら頭を抱えてしまった。
 昔の自分ならこういう状態の人間を見たなら、苛立ちを覚えたのだろうなと、視界の隅にプラティを捉えながらヴァリラは思う。
 誰がどう応援しようが、結局は本人しだいだ。そんなもの応援する側の自己満足に過ぎない。そう考えただろう。実際のところその考えは今でも変わっていいない。変わったところと言えば、応援する側の気持ちも理解できるようになったところだろうか。応援したいと思う人が自分にとって大切な者なら、なおさらだ。
 だから、彼女がこうして悩んでいるのは、応援したい人たちが大切ゆえと言うこともよくわかる。
 大切な人の中に自分が入っていることが素直に嬉しいと思うから。そのままの彼女がやっぱり好きだと思うから。

「なら、全員応援すればいい」

 ぽんっと手をプラティの頭にのせる。
 それに驚いたプラティが大きな眼をさらに大きく見開いてヴァリラを見る。

「誰が勝っても喜べばいいし、誰が負けても一緒に悔しがればいい。オレの知ってるプラティはそういうやつだ」

 頭をぐりぐりと撫でてやる。プラティは「ひゃっ」と驚いたような声を上げたが、その後は黙ってされるがままになっていた。

「……ヴァリラ、最近よくこれやるよね」

 眼を細め、日向の猫のような表情でプラティが呟く。

「これ?」
「頭わしゃわしゃ〜って」
「ああ……、ラジィにやったたのが癖になったか。すまん」
「あ! やめなくていい!」

 嫌だったのかと思い頭から手を離そうとすると、その手をプラティにつかまれる。そのあまりの勢いに面食らってしまったが、プラティ自身も自分の行動に驚いたのか、こっちを見ても仕方ないだろうに、目を見開いて何かを訴えるようにヴァリラを凝視している。
 その様子が可愛らしくて、つかまれていない方の手を伸ばしプラティの頭を撫でる。

「うぅ〜」

 自然と緩んでしまった口元を見て、バカにされたと勘違いしたのか妙な声を上げている。その姿がますます可愛いく思えて、少しだけ意地悪したくなる。

「ならやめるか?」
「う……。やめなくて、……いい」
「………」
「う〜! 笑うな〜!!」
「わるい。お前の反応がいちいち面白いから」
「もう! ……でもその様子なら大会の方は大丈夫そうだね。安心した」
「お前に心配されてもされなくても、オレは負けはしない」
「うわぁ、それ絶対言うと思った。けどいいもん。わたしが勝手に応援したかっただけだから。くやしくなんかないもん」
「頭撫でられながら言う台詞じゃないな」
「む〜!!! ……よーし、わかった! じゃあわたしが撫でてあげる!」
「は?」

 言葉の意味を理解するまでに一瞬間ができる。その内にプラティの手が伸ばされ、頭に触れる。と思うと、頭が前後左右関係なくグルグルと回るほどの勢いで撫で始める。撫でるというよりは人の頭を振り回しているだけだが。

「おい、やめろ!」

 頭を揺さぶられているためよく分からないが大体の検討をつけてプラティの腕を掴みあげる。
 頭の揺れが収まってほっとしたのもつかの間、今度は掴まれていない方の手で頭を掴みにかかってくる。その手も触れられる寸前で捕まえ、頭上に掴みあげる。
 二人でバンザイをしながら睨み合うことしばし。何とも滑稽な姿に我慢できなくなり、どちらからともなく笑い出す。

「あっはは……、なんかごめんね。せっかく応援しに来たのにそれらしいこと全然できてない。けど、これだけはこれだけは言っておくね。確かに誰が勝っても嬉しいよ。でもね、わたしが『待ってる』のはヴァリラだからね。お守りだってちょっと特別なんだから」
「そうか……」

 この発言を男女のそれに当てはめるのは間違いだとは思うが、やはりどうしても期待してしまうわけで。

「ヴァリラ?」

 なにやら考え込んでしまったヴァリラを不思議に思ってか、プラティが覗き込んでくる。

「何でもない。気にするな。……そうだな。絶対に追いついてみせるからな。覚悟しておけ」
「うん!」

 我ながら現金だがこの満面の笑みを見ていると、どうでもいいかと思ってしまう。
 大切な人たちの中のちょっと特別。
 今はまだそれで十分だ。
 そもそも彼女と彼女と対等になれていない現状では、何をしても格好がつかない。そこから先はまず彼女に追いついてからだ。
 
 これも彼女に対して踏み込めないでいる、自分への言い訳なのかもしれないが。





†あとがき†

 ヴァリプラ小説第2弾。
 ヴァリラがものすごく偽者くさいですね。こんな素直なキャラじゃないはずなのに……。
 どうも私の書く小説は最後が尻切れトンボになるなぁ。
 何故か書いてるうちに当初予定していた話と全然違う方向に……。
 
 ちなみにこれはヴァリプラお題の武器の欠片のちょっと後のお話です。
 
 




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