09. 武器の破片
「でね、いろいろ考えたんだけど、やっぱりお守りが一番いいかなって」
膝の上でうたた寝をするクッティの背をなでながら、プラティは向かいに座る母に窺うような視線を向ける。
「そうねぇ、やっぱりそれがいいわよ」
「うん」
パリスタパリスを巡る一連の騒動から一年。それと同時に開催されたのは鍛聖を決める大会ではあったけれど、その騒動の中でもう一つ鍛聖の座が開くことになってしまった。大会で優勝したプラティが黒鉄の鍛聖になっても、結局空いた鍛聖の座の数に変化はない。そこで今年も大会を開催することになった。
本来なら新たに鍛聖を決めるには、現在任についている鍛聖全員で協議し、鍛聖候補の人柄、鍛冶師としてのあり方、強さ、全てを考慮したうえで、候補者に鍛聖の任について欲しいという旨を伝える。そして候補者がそれに同意を示せば、そこで初めて鍛聖の誕生となる。
つまり鍛聖を大会を開いて決めるというような、プラティのような例は珍しいのだ。だが去年大会が開かれたのには鍛聖を決める以外にも重要な役割があった。パリスタパリスの騒動の隠れ蓑として。
しかし今年はそんな大事件は起きていない。にもかかわらず、なぜ大会を開くのだろうか。
一度プラティがその辺りの疑問をふと漏らしたことがあった。それを聞いたサクロは、混乱を起こさないようにするためとはいえ、住人たちに隠し事をしていたのは事実だからね。その罪滅ぼしみたいなものかな。そう言って苦笑していた。
そんなわけで鍛聖を決める大会が開かれることになったのだがこれに、プラティの友人である、ヴァリラ、サナレ、ラジィの三人が参加することになっているのだ。
鍛聖という立場上ひいき目で見るのはいけないと思うが、やはり三人にはがんばって欲しいし、自分にできることがあるならしてあげたいとも思う。
そこで、あれこれ考え抜いた結果が、お守りのプレゼントだった。
自分のあげたお守りにそれほどの効果があるとは思えないが、精一杯がんばって欲しいとか、大きな怪我をしないで欲しいとか、そういう気持ちを込めるには一番いい方法に思えた。だが、この案には一つ問題があった。
「で、お守りの中身って、何入れればいいと思う?」
今日一日のお勤めを終え、銀の匠合ではなくわざわざ母のいる実家に帰ってきた理由はこれだった。
母からもらったお守りもお手製だったため、参考になると思ったのだが。
「そうねぇ、お母さんがあなたにあげたお守りの中にはラブレターが入ってるけど」
「ラブレター……」
それを聞いた瞬間プラティはここに来たことを後悔した。
プラティが一年前の大会の際もらったお守りは、元はアマリエが夫であるシンテツに贈ったものなのだから、そういうものが入れてあったとしてもおかしくはない。おかしくはないが、これではわざわざアマリエに助言を求めに来た意味がない。
だが、プラティの呟きを関心ととったアマリエは気にせずに続ける。
「そうよぅ、お父さんへの気持ちをこめて一生懸命書いた手紙よ。あなたもねプラティ、変にかしこまったものじゃなくて、気持ちのこもったものの方がいいと思ったから、わざわざお母さんに聞きに来たんじゃないの?」
「あ、うん、それはそうなんだけど……」
「だけど?」
「……う、ううん、なんでもない」
「どうかしたの? プラティ」
「ホントに何でもないんだって。そうだね、手紙が一番いいかもね。うん!」
アマリエが何か言いたげにこちらを見ているのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせ、プラティは大きく頷いた。
「はぁ、やっぱり手紙かぁ……」
机の上の三枚の便箋を前にしてプラティは大きなため息をついた。
三枚のうち二枚にはびっちりと文字が書かれている。片方はサナレに、もう片方はラジィにあてたものだ。
実はこの二枚の手紙はアマリエにアドバイスを訊きに行く前に書きあがっていた。元々お守りの中には手紙を入れようと考えていたのだ。
しかし、サナレ、ラジィと手紙を書き上げて、今度はヴァリラというときに、どうにも筆が進まなくなった。
書きたいことは沢山あるのに、上手くまとめられない。
思い浮かんだことを素直に書けばいいんだと、自分に言い聞かせて書こうとしても、浮かんだ単語になぜか赤面してしまう。そんな自分の様子を不思議そうに見つめるクッティの視線になおさらいたたまれなくなって、恥ずかしくなって。
そうしているうちに、なんだかこの状況はラブレターでも書いているようだ、ということに思い至って、そう意識してしまうともっともっと何も書けなくなって。
だからアマリエに助言を求めに行ったというのに、その当人から手紙にすればいいと言われてはどうすることもできない。
自分の中で手紙がだめな理由を説明するには恥ずかしすぎる。
「う〜〜〜」
うめいてみたところで何も変わらないのだが、他にどうしようもない。
今日とて、一日中こうして手紙を眺めていたわけではない。休日を利用して机に噛り付いていた。
結局くず篭をいっぱいにするという成果しか残せなかったが。
プレゼントを別のものにしようかとも何度か考えたが、他にいい案があるわけでもないし、せっかくなれない裁縫をして作ったお守り袋がもったいなくて、結局これに落ち着いた。
「気持ちを込める……か」
もう一度ため息をついてから、机に突っ伏する。
すでに日は傾いて、窓から橙色の光がプラティに注いでいた。
「ぅ……?」
不意に頭に暖かくて柔らかなものが擦り寄ってきた。
「クティ」
顔を上げるとクッティが心配そうな表情で見つめていた。
「クッティ……、心配してくれてるの?」
「クッティ!」
「うぅ、ありがとね、クッティ」
クッティをぎゅぅっと抱きしめる。
この護衛獣とはいつだって一緒だった。
武器を作るとき、大きな敵と戦ったとき。かけがえのないパートナーで、大親友で――。
「そうだ、武器だ」
「クティ?」
つぶやきに不思議そうに見上げてくるクッティににっこりと微笑む。
「手紙以外で気持ちの込められるもの、わかったよ。ありがとう、クッティのおかげだよ」
クッティを机の上に座らせ、引き出しの中を物色する。
程なくして目的の物は見つかった。親指の先ほどの大きさの、ひし形の鉄片。プラティが初めて作った武器の破片だ。
武器自体ははぐれ召喚獣との戦いで壊れてしまったが、初めてクッティと力を合わせて作った武器だったから、名残惜しくて、この欠片だけはもって帰ってきた。それ以来、これはプラティの宝物になっている。
たくさんの想いを込めて作った武器だった。何モノにも負けない強さを持つように、何モノにも折れない硬さを持つように、少しでも父に近づけるようにと。
そんな自分の想いが少しでもヴァリラを護ってくれるなら、こんなにうれしいことはないから。
欠片をお守りの中に入れ、口を留める。サナレとラジィの分も同じように手紙を入れて完成させる。
そうして出来上がった三つのお守りを抱きしめて。
みんなが精一杯戦うことができますように。
†あとがき†
初ヴァリプラSS。
つーかヴァリラいねぇし。カップリング要素ほとんど皆無だし。
プラティ→ヴァリラって感じですかね。むしろプラティとみんな?
実はこのSSまだ続きがあったりするんですが、いつupできるやら……。
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